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大阪家庭裁判所 昭和46年(少)2422号 決定 1971年4月22日

少年 N・S(昭三二・五・一〇生)

主文

少年を大阪保護観察所の保護観察に付する。

本件送致事実(大阪府吹田児童相談所長作成の昭和四六年四月三日付送致書に記載の「審判に付すべき事由」)中別紙記載の触法事実に基づいては、少年を保護処分に付さない。

理由

第一保護観察決定の理由

(非行事実・適条)

少年は、満一四歳に満たないものであるが、

一  昭和四五年五月か六月ごろの土曜日の午後三時ごろ、友人の通称「○に」(一三歳ぐらい)と共謀のうえ、通行人より金品を喝取しようと企て、大阪府茨木市○○町××番地○急電車○木駅南口附近の路上において、通行中の○義○(一四歳・中学三年生)を呼びとめ、同人に対して「帰る電車賃がない。貸してくれ」「ポツ検するぞ」「おれらは三ペンや」「二〇〇円でよい」などと申し向けて金品の交付方を要求し、もし右要求に応じないときは同人の身体などに対してどのような危害を加えるかもしれないとの勢いを示し、よつてそのときその場で畏怖した同人より現金二〇〇円の交付を受けてこれを喝取し、

二  昭和四六年四月一日午後三時ごろ、友人の通称「A」(一三歳ぐらい、中学二年生)と共謀のうえ、同府摂津市○○○通×丁目××番地○雀児童公園において、同所で遊戯中の○本○朗(一五歳、高校一年生)・○田○則(一五歳、高校一年生)に対し「お前らさつきからおれ達の顔を見ていたが、何で面を切つたんや」「ちよつとこつちに来い」などと因縁をつけたうえ人通りのない同所××番地の×○島○幸方前路上にまで連行し、同所において、こもごも、同人達の顔面に対していずれも頭突きや手拳による殴打などの暴行を加え、よつて、○本○朗に対しては約一週間の加療を要する口唇部裂創なる傷害を負わせ

たものである。

判示触法事実中、一の事実は刑法二四九条一項、六〇条に、同二の○本○朗に対する事実は同法二〇四条、六〇条に、同○田○則に対する事実は暴力行為等処罰に関する法律一条(刑法二〇八条)に、それぞれ触れるものである(少年法三条一項二号)。

(処分の理由)

一  少年は、小学六年生であつた昭和四四年六月ごろから触法行為(窃盗など)や虞犯行為をくりかえしており、これまでに児童福祉法二五条に基づく児童相談所への通告を受けることも五回におよび、その都度一時保護~訓戒・誓約書徴収などの措置を受けてきたが、昭和四五年九月二四日に至つて大阪府吹田児童相談所長の措置により当家庭裁判所送致とされ(当庁昭和四五年少第六九一四号触法保護事件)同年一二月一四日該件で保護的措置を理由とする不処分決定を受けていたにもかかわらず、いままた判示の如き触法事実の存在が明らかにされるところとなつてきているのであつて、このような経緯に鑑みるときは、規範意識の欠如が目立つて非行傾向が問題視さるべき現況に立ち至つているものと認められる。

二  少年は、IQ六九~七三で知能の発達が遅滞しているほか、劣等感や不満足感を内蔵していて情緒も不安定であり、性格的にも自主性や抑制に欠け子供つぽい依存性や被影響性(雷同性)が顕著であるなど、人格全般に未分化で未熟な点が目立つている現況にあるものと認められる。

三  少年は、現在中学二年に在学中ではあるが、就学意欲が低調であり、不良的傾向を有するものとの交友に親しみ、周囲の状況にとらわれるままに衝動的な行動をくりかえしているなど、健全な生活を志向していく姿勢に欠けている現況にあるものと認められる。

四  実父は少年が小学六年生であつた昭和四四年一一月に事故死し、以来家庭は母子家庭(実母三四歳・実兄一七歳・実弟一〇歳・八歳ならびに少年)となつているが、実母は昼間伯母(実母の姉)方の飯場で炊事などに従事するかたわら夜間は焼肉(ホルモン)屋を自営したりしていて生活に追われているばかりか内夫を家庭に引き入れたりもしていて少年達との精神的融合を欠いている現況であり、近隣に伯母(実母の姉)夫婦が居て種々少年達への配慮を心がけている模様ではあるが、家庭の保護能力は極めて脆弱な実情にあるものと認められる。

五  中学校の教務主任が審判の場に出席し今後における少年の指導方を配慮する旨供述しているが、学校関係者からどの程度の協力方が得られるかはいまなお不確定というのが実情であると認められる。

六  以上、少年の年齢・性格・これまでの行状・現在の生活態度・保護歴・環境・本件非行の内容など諸般の事情を総合的に考えあわせてみるときは、少年の健全な保護・育成を期するため専門家の指導・監督を確保することはいまや急務であると認むべく、現時点において少年を保護観察に付するのが相当であると思料される(いまこの時点で本件を再び児童相談所長に送致<少年法一八条一項>のうえ少年の指導・監督方を例えば「児童福祉司の指導など児童福祉法上の措置に委ねるということは、二度にわたる家庭裁判所送致という措置をとつてきた児童相談所長側に対して抱くことのあるべき少年や保護者の心情などに鑑み、その実効性に強い疑問が持たれるというべく、相当な措置とは認め難い)。

七  よつて、少年を大阪保護観察所の保護観察に付すべく、少年法二四条一項一号、少年審判規則三七条一項を適用のうえ、主文第一項のとおり決定する。

第二不処分決定の理由

一  大阪府吹田児童相談所長作成の昭和四六年四月三日付送致書によると、少年は判示触法事実のほか別紙記載の如き触法事実二件(以下、別紙記載のとおり、単に「甲触法事実」「乙触法事実」という)をも行なつたものであるから、これらの触法事実に基づいても少年を保護処分に付すべきであるというのである。

二  ところで、甲乙両触法事実に関しては、少年の自白(司法巡査に対する供述調書、当審判廷における供述)が存するのみで、そのほかには何らの証拠も存しない現況である(共犯者の供述調書はもとより被害者の被害届や供述調書も存しない)。

三  当裁判所としては、次記(1)ないし(5)に述べるが如き理由によつて、甲乙両触法事実はその証明がないものとして処理するのが相当であると思料する。

(1)  審理の結果によると、少年の司法巡査に対する供述調書は、少年が判示触法事実二を行なつた日の翌日である昭和四六年四月二日に大阪府茨木警察署において判示触法事実二についての事情聴取を受けた際に作成された供述調書であること、その記載内容は身上関係の点を除けばほとんどが判示触法事実二に関するものであること、同供述調書中の最後尾部分において甲乙両触法事実の共犯者・被害者・日時・場所・実行行為・結果についての供述(自白)が存しているが、その供述(自白)内容は、送致事実の記載以上に空虚で抽象的なものでしかなく、動機・経緯・共謀の具体的状況(事前共謀なのか現場共謀なのかなど)・実行行為の具体的状況・実行行為の際における被害者側の状況・事後の状況などについては何ら触れるところがない(自白たると否とを問わず)ことなどの問題点が指摘されるので、供述(自白)者が満一三歳の少年であるうえに被影響性が顕著で供述に際して他人のリードに乗りやすい性格の持主であること、前記の如き少年の生活態度からして未だ明らかにされていない同時期における同種の余罪が潜在しているおそれもないとはいえない現況であることなどの事情をも考えあわせてみるときは、かかる供述(自白)のみに基づいて非行の日時や場所を特定して送致どおりの甲乙両触法事実を認定するということは極めて危険な事実認定であるといわなければならない。

(2)  当裁判所が調査官・書記官のほか児童福祉司・中学校教務主任・母親の在席している審判廷において送致にかかる甲乙両触法事実を告げて陳述を求めたところ、少年は「そのとおり相違ない」旨供述(自白)していたのではあるが、当裁判所がさらに進んで動機・経緯・共謀の具体的状況(事前共謀なのか現場共謀なのかなど)・実行行為の具体的状況・実行行為の際における被害者側の状况・事後の状況などに関して陳述を求めたのに対しては、わずかに「小遣銭が欲しくてやつた」「私と○山は見張りをしていたと思う」(以上、甲触法事実に関し)とか「腹が減つていて何か食べたいと思つたがお金がなかつたから」「そのお金でたこ焼きを買つて食べたと思う」(以上、乙触法事実に関し)などと供述するのみで、その余の点については、「記憶がない」などといつては要領を得ない不明確な供述をくりかえしている実情であつて、右供述は審判廷における供述(自白)ではあつても、いまだ甲乙両触法事実を認定すべきまでの確信的心証を惹起せしめるものではない。

(3)  上記の如き問題点を内蔵している少年の司法巡査に対する供述調書(自白)と当審判廷における供述(自白)とを総合してみても、いまなお甲乙両触法事実を認定すべきまでの確信的心証を形成しえない。

(4)  仮りに少年の自白(司法巡査に対する供述調書ないしは当審判廷における供述)の証明力を肯定すべきであるとしてみても、自白内容の真実性を担保するに足る補強証拠がないので、かかる自白のみを根拠として甲乙両触法事実を認定することは許されないと解される。

すなわち、自白による事実認定に関し補強証拠を要求するということは、自白の証明力についてみられる一般的な弱さに由来する誤判や自白強要の危険性に対する伝統的司法の深い洞察のもとにはぐくまれてきた事実認定に関する合理的な経験法則であつて、児童相談所の如き行政機関とは異なる司法機関たる家庭裁判所が、観護措置決定の如き中間的処分とは異なる終局処分中において、その目的はともあれ少年の自由に対する重大な制約という一面をともなつている保護処分がその効果として付着してくるような触法事実の存否に関する事実認定を行おうとする場合においても適用されて然るべき普遍性を有する経験法則であると解される。当裁判所がいまここで直面している甲乙両触法事実の存否に関する事実認定の場合においてもかかる経験法則に従うということであつてこそ、その事実認定が誤判や自白強要の防止に対する配慮という点で刑事手続下でなされるべき犯罪事実の存否に関する事実認定に比しいささかの遜色も有しないということが一般的に担保され、ひいては保護手続下でなされるべき家庭裁判所の事実認定一般に対する信頼を高め、保護処分を受くべき少年の心服も得られて保護処分の実効性も確保されることになるというべく、さらには、かかる事実認定の場合においてかかる経験法則に従うことを排斥するということになれば、そのことによつてもたらされることのあるべき誤判や自白強要という結果(虚偽の自白によつて処分を受けるという結果)が少年の心情に対して与える悪影響(反教育的効果)ということが憂慮されるほか、少年の心服も得られず保護処分の実効性までもが疑わしくなつてくるということも十分に認識してみなければならない。わが現行少年法はこの点に関する何らの明文規定も有していないのではあるが、かかる事実認定の場合においてかかる経験法則に従うことを禁止している趣旨であると解すべき合理的根拠はどこにも見出しえない。甲乙両触法事実の存否に関する本件の事実認定についてもかかる経験法則に従うことが相当であると思料される。果してそうであるとするならば、少年の自白(司法巡査に対する供述調書・当審判廷における供述)しか存せずこの自白内容の真実性を担保すべき何らの補強証拠も存しない現況下においては、当裁判所として甲乙両触法事実を認定することは許されないといわなければならない。

(5)  ところで、当裁判所には、職権主義的な審判手続を主宰する裁判所として実体的真実発見のためにする職権証拠調義務があると解されることとて、上述の如き現況下においてはなおその職権を発動して甲乙両触法事実の共犯者や被害者などに対する証人尋問(少年法一四条)を実施すべき義務があるのではないかということが一応問題となつてこよう。

しかしながら、<1>本件のように児童相談所長が触法少年を家庭裁判所に送致してくる場合にあつては児童相談所長自らとしてもすでに当該少年の触法事実を認定しているはずであり(児童相談所長としては少年につき「審判に付ずべき事由」を認定しえた場合でなければ家庭裁判所への送致義務を負わない。児童福祉法二七条一項四号、二六条一項一号)、そのような段階にまで至れば児童相談所長側には当該少年の触法事実認定に関する証拠資料が確保されているべきであると考えられること(杜撰送致の自制)、<2>これを受けてか、少年審判規則八条二項も児童相談所長に対して送致の際における家庭裁判所への証拠資料送付方を要求していること、<3>家庭裁判所は非行事実の認定に関しては中立な判断者たる立場にあるべきと考えられること(司法機関としての中立的性格)などの点に思いを至すときは、当裁判所の職権証拠調は補充的なものにとどまるべきであつて送致機関側の証拠収集活動を肩代りするが如きものであつてはならないと解される。しかるに、甲乙両触法事実の事案の性質・上述の如き立証の現況などに鑑みるときは、甲乙両触法事実の存否をめぐる証拠関係は当裁判所の補充的な職権証拠調によつてまかないうるような現況ではなく、いまなお送致機関側の証拠収集活動(児童相談所への通告を行なつた捜査機関による再捜査)を要するが如き実情にあるものと認められる。さらには、証人として考えられる共犯者や被害者について各人の居住地も不明である(共犯者○山○二・○本○夫が○津第○中学校に、被害者○下○智・○崎○一が○○工業高校に、各在学中であるらしいことが判明しているだけである。甲触法事実の被害者一名に至つてはその氏名も不明である)などの事情が認められる本件の如き場合においては、(その証人尋問実施に至るまでの労をいとうべきでないことはもちろんではあるが)その証人尋問実施に至るまでの手続過程中において裁判所自らの行動によつてこれらの共犯者について非行事実の存在しているかもしれない旨をその在学中学校に感知せしめることになるなど、家庭裁判所との関係においてはいまなお証人という立場にしか置かれるべきではない共犯者(いずれも一四歳・当庁への事件係属なし)の健全育成上に不都合な結果を招来せしめることになりかねないという点にも留意してみなければならず、少年の要保護性に関する上述の如き認定の状況など諸般の事情をも含めてかれこれ考えあわせてみるときは、当裁判所にはこれ以上その職権を発動してまで上述の如き証人尋問を実施しなければならない義務は存していないと解するのが相当である。

四  よつて、本件送致事実中甲乙両触法事実に基づいては少年を保護処分に付することができないというべく、少年法二三条二項を適用のうえ、主文第二項のとおり決定する。

(裁判官 栗原宏武)

別紙

判示触法事実以外の本件送致事実(触法事実)

少年は、一四歳に満たないものであるが、

一 昭和四五年一一月ごろの中ごろの午後五時ごろ、○山○二(一四歳ぐらい)、○本○夫(一四歳ぐらい)と共謀のうえ、下校中の○○工業高校生より金品を喝取しようと企て、大阪府摂津市○急○雀×番地○急電車○雀駅切符売場附近において、同校生徒○下○智(一八歳)他一名を路地裏に連れ込んで取り囲んだうえ「金もつているやろ」と申し向け、応じないときは三人で暴行を加えかねないとの勢いを示し、よつてそのときその場で畏怖した同人らからそれぞれ現金一〇〇円ずつ(合計現金二〇〇円)の交付を受けてこれを喝取し(本文中では、単に「甲触法事実」という)、

二 昭和四六年一月中ごろの午後五時ごろ、○山○二、○本○夫と共謀のうえ、下校中の同校生徒より金品を喝取しようと企て、同校正門前附近である同市○○町○丁目××番地先路上において、下校中の同校生徒○崎○一(一六歳)を呼びとめてやにわに腹部を蹴つたうえ「金を貸してくれ」と申し向け、よつてそのときその場で畏怖した同人より現金二〇〇円の交付を受けてこれを喝取し(本文中では、単に「乙触法事実」という)

たものである。

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